【古道・・愛媛・・町並み・・地域に残る名所・旧跡】伊予路を歩く
古道と言えば有名な世界遺産ともなっている和歌山の熊野古道が有名であるが、世界遺産には程遠いものの、今住んでいる町や村にも昔から言われている古道(街道)があるはず・・・少し調べていきたいと思います。同時に昔から残っている街並みや地域に残る変わった名所・旧跡などを載せていきます。私の個人的な視点につき通常とは違うかもね?
【中予歴史文化道】の一部
【金比羅街道】・・名前の通り香川県の金毘羅さんへ行く道(街道)である。愛媛には3つのルートがあるそうな・・・
①松山市内から国道11号(旧)沿いの道(別名 讃岐街道)。
②高知から久万高原町→久谷を通り森松から重信川沿いに東へ行く道。
③南予方面から伊予市や松前町経由で重信川土手沿いに横河原へ行く道。
松山市内からだと西堀端の
札の辻
(松山藩のお触れを町民に表示)から3里とされている。
松山ではあまり知られていない。
金比羅街道 小松まで 十一里 金比羅まで 三十一里
土佐街道 久万まで 六里 土佐まで 二十一里
大洲街道 中山まで 七里 大洲まで 十三里
今治街道 北条まで 四里 今治まで 十一里
高浜街道 三津まで 一里 高浜まで 二里
ちなみに重信大橋(里塚石)
から松山市内札の辻までは2里とされている。
久谷から下る街道は遍路道としても現在に伝えられており、街道沿いには岩屋寺→大宝寺→坂本屋(遍路宿)→浄瑠璃寺→八坂寺などがある。
金毘羅街道は、宇気洲神社の前、香積寺の横、東温高校校庭などをへて、横河原でメインルートの讃岐街道と合流する。
途中東温高校の敷地の一角には、クヌギ林 の中をぬけていく旧街道が保存されている。高校の敷地内なので勝手には入て見れないのが残念である。
【源太桜】・・東温市河之内
松山藩士、矢野五郎右衛門源太が藩の囚人を使役し、中山川沿いに桜を植えた際に、苛酷な労役にたえかねた囚人が「桜三里は源太が仕置き、花は咲くとも実はなるな」と怨嗟の声を残したという故事にちなんだものです。樹齢は約300年で、現在は2本の桜が残っているだけです。
【井内の棚田】・・東温市井内地区
全国棚田100選には載りませんが、ここに棚田があることは、以外に知らない人が多い。愛媛では遊子の棚田(宇和島)とか三崎半島の棚田が有名ですが、あえてここを紹介したい。上流に行くと皿が峰への登山口などがある。
【風穴】・・東温市上林森林公園
東温市上林地区の山すそのあります。ここも意外に知られていないのかあまり見学者は少ない。手前のそうめん流しは地元の方がよく利用していますが、風穴(かざあな)と読みますが、夏場に行きますとそれはそれは涼しい風が岩の隙間から流れてきます。
【七折の梅園】・・伊予郡砥部町七折地区
「七折小梅」は、「砥部焼き」で有名な愛媛県伊予郡砥部町の特産品です。その栽培の歴史は1900年初頭に端を発し、品質の高さから「青いダイヤ」と呼ばれ、かなりの高値で取り引きされた時期もありました。と言うことは今はあまり売れてないのかなぁ?確かに地元ですが、あまり評判は聞かないなぁ?紀州の梅に負けているよ~。がんばろう
【渡部家住居】・・松山市東方町 重要文化財
説明によると松山藩より 旧川内町(現東温市)よりこの地に庄屋として分家したとある。地域的に穀物が安定してとれていたのだろうか?松山市内から
は少し離れている。ただそ
の建物は武士でもそうおいそれとは建てられない程の豪邸で
ある。
梁においては二重も三重もあり、超立派である。
【義農作兵衛(ぎのうさくべい)】・・伊予郡松前町
享保17年の大飢饉の際・・飲まず食わずで来年の為にお米のもみを守った。お百姓さんの話 義農神社にお墓と記念像
がある。
【陶街道 五十三次】・・伊予郡砥部町
これは古道でもなんでもないが、伊予の砥部焼が有名になっているのと観光名所を東海道五十三次にもじって作った模様。色々な窯元も紹介されているので陶器に興味があるかたは巡ったら面白いかもね・・
下記は砥部町HP
http://www.town.tobe.ehime.jp/5/32/1116/475/index.html
【重信川自転車道】・・伊予郡松前出合い橋から東温市見奈良までの約25kmの自転車道
松山中央公園
-(0:09)3.19km→
中河原橋-(0:09)2.14km
→松山自動車道交差-
(0:05)1.03km→赤坂泉
-(0:12)1.36km→
麻生橋-(0:12)3.84km→
こどもの城-(0:32)7.64km
→上村大橋-
(0:15)1.07km→
愛媛県緑化センター-
(0:11)3.12km→
美奈良大橋-(0:09)1.72km
→自転車道終点
結構長い・・途中には色々な
遊具(公園)があり、休日には親子連れや
小中学生達が野球やサーカーをしている。
【道後の街並み】・・松山市道後湯の町
道後温泉は日本最古の温泉といわれ国の重要文化財に指定。最近ではミショランガイドにも三ツ星にて登録されている。合わせてにぎたつ通りも整備されて観光名所となっている。
【振鷺閣】 松山市道後温泉本館の屋根の上
道後温泉本館屋上の赤いギヤマンをはめた障子窓は夜になるとランプの光が反射して美しい。中に吊られた「刻太鼓」は、
今も湯の町に時を告げる太鼓の音を響かせている。
【鷺石】・・・同じく道後温泉本館 北側
意外と知らない人が多いが、道後温泉は日本で最古といわれているが、民話の中で・・
【愚陀仏庵(ぐだぶつあん)】
正岡子規と夏目漱石が一時期同居していたところを再現している。萬翠荘の裏山にあります。
※萬翠荘は旧松山城主 久松家の邸宅 大正時代の洋風建築様式
俳人・種田山頭火(さんとうか)が放浪の果てに安住の地として選んだ場所を再現した所
俳人栗田樗堂(1749~1814)が寛政12(1800)年、52歳の時、松山城西方の味酒郷に作った草庵で、もと青面金剛の小祠があり、古老が古申庵と呼んでいた場所に、庚申の年に建てたので庚申庵と名付けられたといわれています。平成15年に再現された。
【札の辻】・・先に書いていますが、地域を治めている武士が町民に対してのお触れを表示した場所。時代劇に良く出てくる。
【伊予鉄道】・・番外編
夏目漱石の小説「ぼっちゃん」の一説にマッチ箱のような乗り物とかいてある。まさにその乗り物を再現(2001年)観光の目玉となっている。乗りごごちは最悪であるがレトロな感覚は十分楽しめる。当然エアコンはないよ(笑い)
マドンナバス運行ルート 松山の名所を回ってくれる 1日券¥400だよ追加¥200でぼっちゃん列車にものれます。
※伊予鉄道HPより
【熟田津(ニギタツ)】・・昔から残っている言葉
これは松山道後から現在の三津(港)まで何らかの交通手段があって水路があったのではないかと言われていますが、はっきりとは説明できていません。三津と道後の間にそういう場所があったのではと言われてもいます。未だなぞ。しかし熟田津を使った熟田津会館とか熟田津通りなどお土産品にも使われています。
松山平野(旧道後平野)は重信川という1級河川が流れています。この重信川は昔は伊予川と呼ばれよく大雨の際は氾濫をしていたそうです。初代松山藩の加藤義明が家来足立重信に命じて河川工事を行い、氾濫が減ったと伝えられており、その功績にて重信川と呼ばれるようになったそうです。地形においても松山平野は典型的な扇状地で、地下水が豊富。重信川下流域で30ケ所程の泉が点在している。
【赤坂泉】・・伊予郡砥部町 重光
松山市は平成7年の大渇水で苦労しましたが、地域によっては愛媛に流れる1級河川重信川流域で自噴水がありその内でも大きい赤坂泉は、重信川の堤防沿いにある幅約10m、長さ520mにわたる泉で、別名「鏡泉」と呼ばれる。泉の周辺には、160本の桜が植えられ、お花見やジョギング、サイクリングなどの憩いの場となっている。
【ていれぎの里(杖が淵公園)】・・松山市高井町
「ていれぎ」は、和名「オオバタネツケバナ」のことである。オオバタネツ ケバナは、清流の水辺で、水につかるように生える多年草。よく似ているオランダガラシ(ク レソン)とともに食用にされる。
伊予節には、「高井の里のていれぎ」と歌われており、松山市高井町や南高井町に生え ている「ていれぎ」は、ピリッと辛くおいしいので、殿様に献上する刺身のツマに用いられた という。南高井町には、弘法大師伝説で有名な杖の淵の泉があり、今でもこんこんと清らか な水が湧き出て清流となり、その水路では、「ていれぎ」を栽培している。公園も整備され休日には親子ずれで賑わっている。
他の泉は別ページで紹介・・http://iaidearu8423.cocolog-nifty.com/blog/2008/11/post-2228.html
【石手川周辺MAP】・・国土交通省より抜粋
【伊予万歳(いよまんざい)】・・松山市中予
愛媛県中部松山市一帯に行われている万歳(祝福芸)で民俗芸能の一。
昔はお寺の秋祭りとか何かしらの行事事があれば見たようなきがする。小学校低学年の子供達が綺麗な衣装と化粧をして松の絵を描いた扇子を持って曲芸を交えた踊りを踊る。最近はとんと見ないなぁ~。
【愛媛のエジソン(井浦)】・・東温市重信
福祉機器の専門メーカーで、創立者の名前を取って現在は株式会社いうらとなっている。非常に独創性があり福祉機器のトップメーカーとなっている。当初は松山市内の小さな町工場からスタートし、現在は新工場と本社を東温市重信の工業団地へ移している。私の叔父も勤めていたので親近感があるので紹介。初代の車椅子からそのままストレッチャーになる発明は画期的だった。何台か売ったぞー
【北条・・だるま夕日】
毎年12月~翌年3月あたりで北条地域(風早)で見られるそうだ。
南予の双海の夕日はどちらかと言うと夏場が主に言われてますが、この地域は冬場の寒い時期が有名です。専門にHPを開いている方もおられます。
http://www.geocities.jp/ikeaad31890/#
【南予歴史文化道】・・・・
【双海の夕日】
伊予灘に臨む、「日本の夕日百選」にも選ばれ全国でも夕日の美しい町として知られる伊予市双海町。「しずむ夕日が立ちどまる町」をキャッチフレーズに、夕日を生かした交流拠点として「道の駅ふたみ」「ふたみシーサイド公園」が整備されています。
要するに町お越しがうまくいったケースで人工の砂浜を作り海浜公園をうまく宣伝している。
【内子の街並み】・・愛媛県喜多郡内子町・・南予歴史文化道名所の一つ
最近では県内では有名な観光地となっており、白壁の綺麗な街並みが保存されている。今では見られない昔ながらの建築様式や造形美を堪能できる。
だろうか?
平成2年に復元を行ってから定期的に歌舞伎や落語他
各種の演芸が模様されている。
【田丸橋】・・内子町河内・・南予歴史文化道名所の一つ
昭和19年(1944)に作られたといわれる河内地区の屋根つき橋。屋根があることで橋の腐食をふせぎ、あわせて木炭製造の盛んだったころは出荷の際の倉庫としても利用されていました。
【大瀬小中学校】・・西予市内子大瀬地区
かの有名な大江健三郎のふるさとである。と同時に叙勲を辞退した文学者としても有名だ。そういった賞を貰うために物をかいているのではない。一度こういう言葉を言ってみたいものだ(笑い)写真では分かりにくいがセメント作りで外壁は打ちっぱなしですが、何とも言えない斬新な建築です。一度ご覧ください。
【おはなはん通り】・・愛媛県大洲市・・南予歴史文化道名所の一つ
昭和41年のNHK朝のテレビドラマ「おはなはん」のロケが行われたことから「おはなはん通り」の名称で親しまれています。
その他週の土曜日曜では街並み保存会のメンバーにて各種のイベントも開かれている
【臥龍山荘】・・大洲市肱川沿い・・南予歴史文化道名所の一つ
臥龍山荘は、肱川随一の景勝地に臨む三千坪の山荘で、臥龍院・不老庵・知止庵と冨士山などを借景とした庭園があります。各種の書院作りの本間が沢山あり、一枚木で作った廊下や茶室など、その当時の町民としては贅を尽くした作りで大工さんは遠く金沢から呼んだとも聞いています。毎週お茶会もあるようです。
【卯の町の街並み】・・西予市卯之町・・南予歴史文化道名所の一つ
西予市の南にある宇和、卯之町は、江戸中期から昭和初期にかけての商家が数多く残されているレトロな地。町を歩けば白壁や卯建、半蔀、出格子など伝統的な建築様式に触れることができ、旅情たっぷりだ。明治15年に建築された開明学
校では明治期の教科書などを展示したり、明治期の模
擬事業を体感するこ
ともできる。
【宇和米博物館】・・西予市卯之町・・南予歴史文化道名所の一つ
昭和3年に建築された旧宇和町小学校を移築した校舎を活用した、米の博物館。国内外の稲の実物標本や農耕具など、米づくりの歴史や米の種類について展示紹介している。109 ㍍ある木造の長い廊下では、雑巾がけも体験できる。ここの名物はなんと言っても雑巾かけグランプリで大会記録は109mを1分16秒だそうだ。
他にも・・南予歴史文化道名所には宇和島 【伊達博物館】【天赦園】【宇和島城】【和霊神社】 宇和島地区 や【大洲城】 大洲地区なども有名である。
【東予歴史文化路】・・・
【ひうち灘】・・愛媛県東予方面~香川の海岸とか瀬戸内海を言う
瀬戸内のうず潮 瀬戸内海中部の「燧灘(ひうちなだ)」「芸予諸島(げいよしょとう) 」は、島々が密集し、潮の流れが複雑かつ、急なため、このあたりで捕れる魚は、激しい潮流にもまれて育ちます。 そのため「キリリと身が締まって」おいしい。ひうち歴史文化道としても紹介されているが、昔は一面の砂浜で魚介類が豊富に採れていたそうだ。ひうち弁も独特の方言だ。
【寒風山トンネル~黒森峠~】・・西条市~伊予川内&久万高原経由内子へ抜けるルート
ここも現在は道が整備され散策しやすくなった。以前は道幅が狭く冬場は雪も積もったりして散策しにくい場所であった。但し・・あまり車や人が入らない分良い所も一杯あった。石鎚の加茂川上流は非常に水が綺麗で4WD車で行くと川原まで降りれた。現在は高速道路の開通とともに素晴らしい名所もなくなった。石鎚山への登山道(瓶ケ森経由)が寒風山トンネル付近にある。但し伊予川内方面はまだ未整備で道幅は狭いので注意!!
【ざんき】・・今治の鳥の唐揚げこと
一般的に鳥の唐揚げは油で揚げて食べるが、今治では「ざんき」は唐揚げとも焼き鳥とも調理過程が違う。鉄板で焼く・・・押して焼く。
一説によると気が短いお客に対して早く調理する方法はないかと考え付いたものらしい。
【四国カルスト】・・愛媛県と高知県の県境
ここで言う四国カルストは、石鎚山登山道・・石鎚スカイライン側から土小屋経由・・高知方面へ向かった県境のカルストである。散策ルートは2つほどあるが、どちらも大した事はない。子供でも楽に30分か40分で頂上へつく。久万ザサが生い茂り何とも言えない爽快な場所である。デートコースにも最適だ。他にも大野ヶ原四国カルスト(内子から行くコース)とか伊予三島あたりから行くコースもある。全部四国カルストだがそれぞれ場所毎の良さがある。
【真鍋家】・・四国中央市金生町山田井切山
平家の落人伝説が伝わる切山にある重要文化財。桃山時代後期頃の民家と言われ、全国的にも重要な遺構である。寄棟造りの木造茅葺住宅。確か裏山に大きな桜があったかも・・それも同時に散策しよう。
【霧の森公園】・・四国中央市新宮村
四国のまんなかあたり・・標高1000mで現在は高知道が開通し、便利になったが、以前は山深くなかなか地元の人でも行かなかった所。お茶が有名でそれにちなんだカフェとかお茶もみ体験なども出来る。
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